思い出の昭和、そして上月町
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(第53話)村の風景

<<2007.6.16記>>
今から25年前あたりから私の村の周辺の田圃が大きく変わってしまいました。いわゆる圃場整備事業というものです。
たしかにお金をかけて圃場を整備したおかげで、田圃の形はよくなり、水利も便利になり、排水も便利になりました。
便利になったことは大いに結構です。昔の村の風景を惜しんでみても仕方が無いですし、昔に戻れとも言いません。
ただ、昔の風景が懐かしいだけのことです。あぜ道を歩き、「小川のせせらぎあり」的な風景が懐かしいのです。その小川(当時の水利です)を覗き込むと、田ぶなとかメダカが泳いでいました。現在では見ることができない初夏の風景が懐かしいのです。子供のころのあの風景が懐かしくて懐かしくて仕方がないのです。
”ダンジ”(姫路のほうではスカンポ)を食み、”ギシギシ”をシガみ、四葉のクローバーを探し、草笛をならし、タンポポの茎をさいて小川につけて水車のようにさせてみたり・・・・・
数え上げればきりが無いほど、昔の風景が懐かしいのです。
桃の節句にはみんなで”丸山”に弁当をもって登り、端午の節句には山に入って菖蒲をとり、軒にさして・・・・
夏には花火やサカナ(ジャコ)とり、秋には焼き栗、冬には橇遊び・・・・・
あの風景が懐かしいのです。
そんな風景がだんだんと無くなり始めてすでに40年は経ているでしょう。そして物理的に完全に風景が変わってしまったのが25年ほど前をきっかけにした圃場整備事業でしょう。
私の命がいつまであるのか知りませんが、死んでいくその瞬間、あの風景が走馬灯のように浮かんでくるような気がします。そしてそんなあの日の風景を知っている自分が嬉しいのです。
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