思い出の昭和、そして上月町
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(第43話)夏休みの工作

<<2006.08.20記>>
1970年代に入ってからのオーディオ界は4チャンネルステレオ一色といってもよい状況でした。当時のレコードではどうしても2Ch伝送が精一杯でとても4Ch分もの情報は記録できないと思っていました。ところが日本ビクターはCD4という方式で完全なる4Ch分の記録に成功し、その他の各社も方式に少しの違いはあるとは言え、マトリックスによる4Ch再生に成功していました。個人的には当時中学生であった私はこのマトリックス方式を応援していました。というのはビクターのCD4というのはそれ相応のハードが必要であったからです。この方式のレコードを再生するには可聴帯域外までの周波数を拾うというカートリッジが必要であるなど、とても普及するとは思えませんでした。
さらに言えば、当時のオーディオファンの間ではそれほどまでに4Chを必要としていたかどうかも怪しいものであったと思います。
音場再生という概念は非常に大切なことではあると中学生であった私でさえ思っていました。しかし、装置を大きく更新しまで必要としていたかというと大いなる疑問があったと思います。当時は音場どころか、再生音自体の心配をしている時代だったからです。
歪の軽減、ダイナミックレンジの確保、また低域に関しては今みたいにホームオーディオでさえ搭載しているようなスーパーウーファ、または音道による低域拡張など無かった時代ですから・・・・・。
さて、本題に入ります。当時中学生であった私は4Chステレオの擬似的体験としてSPマトリックスによる方法を試していました。
これは左右のスピーカ出力の差信号のみを後方のスピーカに出力するという非常に簡易なものでした。ですから4Chというよりも前方2Ch、後方1Chの3Chと言うのが正解かも知れませんね。しかしこの簡易な方法でもソースによっては絶大な効果を得ることが出来ていました。このときの経験が後の私の簡易パッシブ・ドルビー・サラウンドに結びつくのですから面白いものです。
ある日のこと、雑誌を読んでいますとこの左右のスピーカの差信号を後方に回すというこの擬似4Chステレオの効果を幾分か調整できるというマトリックス回路が回路図として紹介されていました。あくまでパッシブなものですから抵抗とその時定数を変えるためのロータリースイッチのみの簡単なものでした。
そこで閃いたのです。この装置を作って夏休みの工作にしようと・・・・
早速姫路駅前のOSビルにあった星電社で各種抵抗器とローターリースイッチ、そして穴あき基板を買って帰りました。
出来上がった回路をスピーカ出力につないで試してみました。
効果はそこそこありました。通常のスタジオ録音のレコードでは大した効果は無いのですが、ライブ盤がよかったです。たとえば1970年来日、ボサリオのライブレコードを聴きますと、観客の拍手とかが間違いなく後方に回り込んで再生されているのが確認できました。
で、早速この出来上がった基板を夏休みの工作の宿題として提出、出品いたしました。
評判?
当然のこと、このパッシブ型擬似4Ch体験なんて誰にも理解していただけませんでした。
ははは、そんなものですよ、というより変わり者くらいにしか思ってももらって居なかったのではないでしょうかね。
今でも立派な変わり者ですけど・・・・・。
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